〈1〉 アデノシンシグナル経路を標的とした妊娠高血圧腎症の
   新規治療法の開発およびアデノシンの発症予知マーカー
   としての可能性の検討
   An investigation of possible significance of adenosine
   signaling pathway as a novel therapeutic target and a
   predictive marker for preeclampsia

入山 高行

東京大学医学部附属病院女性診療科・産科

 妊娠高血圧腎症(Preeclampsia:PE)は、妊娠中に新たに発症した高血圧を主徴とする疾患で、 母児の周産期罹病の主因となっている。しかしながら、その詳細な病態機序はいまだ不明な点が多く、PE に対する病態に即した有効な治療法も存在しない。我々は、胎盤で亢進したアデノシンシグナル経路のPE 発症への関与について、詳細なメカニズムの解明と、それに基づきアデノシンシグナル経路を標的とした治療的可能性および臨床応用へと展開するための研究基盤の確立を目指している。アデノシンは低酸素などの多様なストレス条件下で誘導され、生理応答を担うシグナル伝達分子である。最近、アデノシンが胎盤に過剰蓄積する遺伝子改変マウスを作成し、この妊娠マウスがヒトと同様のPE 表現型を呈することを報告した1) 。しかしながら、PE の発症および進展において、いかに胎盤でアデノシンシグナルが増幅および維持され、PE の病態形成に至るか、そのメカニズムの詳細は未だ明らかとされていない。また、最近、我々は、胎盤で発現亢進した転写因子Hypoxia inducible factor-1α(HIF-1α)が、アンジオテンシンⅡ1 型受容体に対する自己抗体(AT1-AA)や炎症性サイトカイン(LIGHT)によって誘導されるPE の病態機序において重要な役割を果たすことも報告した2)。興味深いことに、アデノシン経路において重要な分子である、アデノシン変換酵素CD73 や、A2B アデノシン受容体は、HIF-1αの転写ターゲットとして知られ、腸管の虚血性障害や慢性腎疾患の発症に関与し重要な役割を果たすことが知られている。本発表においては、胎盤で亢進したアデノシンシグナル経路により惹起されるPE 病態について、および転写因子HIF-1αの役割に着目して遂行している研究結果を報告する。

参考文献
1. Takayuki Iriyama, Kaiqi Sun, Nicholas F. Parchim, Jessica Li, Cheng Zhao, Anren Song, Laura A. Hart, Sean C. Blackwell, Baha M. Sibai, Lee-Nien L. Chan, Teh-Sheng Chan, M. John Hicks, Michael R. Blackburn, Rodney E. Kellems, Yang Xia. Elevated Placental Adenosine Signaling Contributes to the Pathogenesis of Preeclampsia. Circulation, 131(8):730-741, 2015
2. Takayuki Iriyama, Wei Wang, Nicholas F. Parchim, Anren Song, Sean C. Blackwell, Baha M. Sibai, Rodney E. Kellems, Yang Xia. Hypoxia-Independent Upregulation of Placental Hypoxia Inducible Factor-1 Gene Expression Contributes to the Pathogenesis of Preeclampsia. Hypertension, 65(6):1307-1315, 2015
略歴
2002.3 東京大学医学部医学科 卒業
2002.5 東京大学医学部附属病院女性診療科産科女性外科 研修医
2009.3 東京大学医学部大学院博士課程生殖・発達・加齢医学 修了 医学博士号取得
2011.10 東京大学医学部附属病院女性診療科・産科 助教
2012.10 テキサス大学医学部ヒューストン校 Postdoctoral Fellow
2015.1 東京大学医学部附属病院女性診療科・産科 助教
2018.4 東京大学医学部附属病院女性診療科・産科 講師
  現在に至る。

〈2〉 全身性エリテマトーデス合併妊娠の病態解明と新規治療法の開発
   Nicotinamide alleviates preeclampsia-like features and    lupus nephritis in pregnant MRL/lpr mice treated with LPS
   

大江 佑治

東北大学東北メディカル・メガバンク機構 地域医療支援部門母児医科学分野

 全身性エリテマトーデス(以下SLE)は妊娠適齢期の女性に好発するが、SLE が妊娠予後を悪化させ、妊娠がSLE を増悪させることが知られており、その病態解明と新規治療法の開発が急務である。そこで本研究では1) TLR4 シグナルに着目したSLE 合併妊娠モデルマウスの作成と2) ニコチンアミドの治療効果について検討した。SLE モデルマウス(MRL/lpr)は妊娠 しても腎障害や妊娠予後が悪化しないことが報告されている。そこでSLE 及び妊娠高血圧腎症共通の増悪因子であるTLR4 シグナルに着目した。膣栓確認後14.5-17.5 dpc にTLR4 のリ ガンドであるLPS(14.5 dpc: 20g/kg/d、15.5 dpc-17.5 dpc: 80g/kg/d)を投与し、18.5 dpc にサンプルを回収した。LPS 投与により妊娠SLE マウスにおいて母体血圧が上昇し、流産率、胎児発育不全、ループス腎炎が増悪した。これらの変化はコントロール妊娠マウス(MRL/+)及び非妊娠MRL/lpr マウスでは認められなかった。以上よりTLR4 活性化がSLE 妊娠の重要な増悪因子である可能性が示唆された。ビタミンB3 誘導体の一つであるニコチンアミドは妊婦に投与可能な薬剤であり、酸化ストレスや内皮障害を改善して妊娠高血圧腎症モデルを改善させることを我々は報告した1)。 LPS 投与妊娠SLE マウスにニコチンアミドを投与したところ、血圧が減少し、胎児発育不全や流産率が改善した。腎臓における炎症性細胞の浸潤、炎症性サイトカインの発現が軽減した。以上よりニコチンアミドはSLE 合併妊娠の妊娠予後、ループス腎炎の悪化を抑制する新規治療薬である可能性が示唆された。

参考文献
1. Feng Li, Tomofumi Fushima, Gen Oyanagi, H. W. Davin Townley-Tilson, Emiko Sato, Hironobu Nakada, Yuji Oe, John R. Hagaman, Jennifer Wilder, Manyu Li, Akiyo Sekimoto, Daisuke Saigusa, Hiroshi Sato, Sadayoshi Ito, J. Charles Jennette, Nobuyo Maeda, S. Ananth Karumanchi, Oliver Smithies and Nobuyuki Takahashi. Nicotinamide benefits both mothers and pups in two contrasting mouse models of preeclampsia. Proc Natl Acad Sci U S A, 113(47): 13450-13455, 2016
略歴
2008.3 東北大学医学部医学科 卒業 医師免許取得
2008.4 岩手県立中央病院 初期研修医
2010.4 仙台社会保険病院(現JCHO 仙台病院) 後期研修医
2012.4 東北大学大学院医学系研究科腎高血圧内分泌学分野 (博士課程)
2016.3 同課程 修了(医学博士)
2016.4 日本学術振興会特別研究員PD (東北メディカル・メガバンク機構母児医科学分野)
現在に至る。

〈3〉 Sonic hedgehog pathway をターゲットとした胎盤機能不全に
   対する新規治療法 の開発 

   Development of novel drugs for placental dysfunction
   targeting Sonic hedgehog pathway

川﨑 薫

京都大学大学院医学研究科婦人科学・産科

【目的】
 これまでに我々は、Sonic Hedgehog(Shh) pathway がpreeclampsia(PE)に特異的なpathway で、そのpathway の活性化の指標となるPTCH1 が胎児体重、胎盤重量と高い相関があるこ とを報告した。今回、Shh pathway と胎児発育に強く関与しているinsulin-like growth factor 1 Receptor (IGF1R)との関係を明らかにすることを目的とした。
【対象・方法】
 重症PE 群と対照群(各n=10)の胎盤を採取し、IGF1R の発現について、定量PCR を用い て検討した。IGF1R の発現と児体重(標準偏差)・胎盤重量との相関について検討した。 PTCH1 とIGF1R の発現の相関について検討した。満期胎盤から分離した絨毛細胞(CTBs) を用いて、Shh pathway のinhibitor であるcyclopamine やこのpathway の最下流にある転写 因子Gli2 のsi-RNA を添加し、IGF1R の発現についてそれぞれ定量PCR およびWestern blotting を用いて検討した。
【結果】
 PE 胎盤において、IGF1R の発現は有意に低下していた。IGF1R は児体重(標準偏差)・胎 盤重量と高い相関を認めた。PTCH1 とIGF1R は高い相関を認めた。CTBs にcyclopamine やGli2 のsi-RNA を添加するとPTCH1、Gli2 の発現は低下し、定量PCR およびWestern blotting にてIGF1R の発現は有意に低下していた。
【結語】
 Shh pathway はIGF1R の発現を制御し、児体重の調節に寄与している可能性が示唆された。

略歴
2003.3 京都大学医学部 卒業
2003.4 京都大学医学部附属病院産科婦人科
2005.3 天理よろづ相談所病院産婦人科
2007.4 倉敷中央病院産婦人科
2009.6 国立病院機構京都医療センター産婦人科
2011.4 国立循環器病研究センター周産期婦人科
2012.4 京都大学医学部附属病院産科婦人科
2013.4 京都大学大学院医学研究科婦人科学・産科学
2017.4 国立病院機構京都医療センター産婦人科
2018.5 神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科
現在に至る。

〈4〉 細胞シート工学再生医療技術を用いたin vitro における
   子宮内膜組織三次元構築と受精卵着床・浸潤解明のための
   新規実験系の開発に関する研究
   Development of a Novel Experimental Method of in Vitro
   Embryo-Endometrium Interactions Systems with
   Three-Dimensional Assembled Endometrium Tissue
   using Cell-Sheet Engineering

藏本 吾郎

東京女子医科大学産婦人科学講座

 生殖補助医療は、様々な不妊症の原因に対応すべく様々な方法が開発されてきた。その方 法として排卵誘発法や胚培養法が年々改善され、胚移植率は向上したものの良好な受精卵を 移植しても一定の確率で受精卵が着床しないことが問題となっている。そのため、受精卵着 床率の向上のためにも子宮内膜と胚との因果関係を明らかにすることが課題である。これま でのin vitro 研究の報告では、培養子宮内膜細胞は単層培養などの薄い構造であり、受精卵が 一定の厚みを浸潤する過程までの観察はできていない。我々の研究室で開発された細胞シー トは、細胞をシート状に回収することができ複数の細胞シートを積層させ厚みのある組織を 作製することが可能である。この技術を用いて本研究では子宮内膜・受精卵の相互作用解明 のための実験系を作成することを目的とする。
 3 週齢SD ラットの子宮内膜細胞より子宮内膜上皮、間質細胞シートを回収し積層化するこ とによって正常子宮内膜様の3 次元子宮内膜組織を構築した。受精卵移植のためこれを安定 的に保持するため、接着用足場の作成を行った。コラーゲンの足場に積層化子宮内膜細胞シ ートを設置したところ剥離してしまい安定しなかったが、コラーゲンとフィブリンを等量で 使用して足場を作成したところ細胞シートは安定して接着した。
 次にSD ラットの受精卵作成を行った。一般的にラットの受精卵はマウスよりも困難であ るが、採取方法、培養方法などの検討により胚盤胞までの成長を確認した。今後さらに良好 な胚盤胞達成率とするため改善していく予定である。
 現在は、上記で作成した3 次元子宮内膜組織に対して胚盤胞の移植を行うことができてお り、経時的な変化を正確に観察する方法を検討中である。具体的にはタイムラプス顕微鏡を 用いて胚の3 次元子宮内膜組織に対する浸潤の観察を試行中である。明確な描出のために受 精卵と子宮内膜に対して蛍光色素染色を行い観察を行っていく予定である。

略歴
2006.3 東京医科大学医学部 卒業
2006.4 東京医科大学付属八王子医療センター 初期研修医
2008.4 東京女子医科大学産婦人科学講座 医療練士研修生
2011.4 東京女子医科大学大学院外科系産婦人科 入学
同大学先端生命科学研究所にて研究を開始
2015.3 同大学院 博士課程修了
2015.4 東京女子医科大学産婦人科学講座 助教
同大学先端生命医科学研究所 兼任助教
2010.4 JA尾道総合病院産婦人科
2017.6 タ大学薬学・薬学化学科細胞シート工学センター(CSTEC@Utah) 客員研究員
現在に至る。


〈5〉 母体インスリン抵抗性に注目した胎盤発育機序の解明
    Regulatory mechanism of placental growth by
    maternal insulin resistance

田中 啓

杏林大学医学部産科婦人科学教室

 インスリン抵抗性と関連のある炎症性サイトカインTumor necrosis factor (TNF)?αが、絨毛 細胞に与える影響を、ヒト絨毛癌由来細胞株BeWo を用いて検討した。また、同様に肥満・ 糖尿病と関連のあるインスリン様成長因子 Insulin-like growth factor (IGF)?I がBeWo に与え る作用、およびTNF-αとIGF-I の相互作用についても検討した。

1. TNF-α/IGF-I がBeWo の増殖能に与える影響
TNF-α単独ではBeWo の増殖能には有意な効果を示さなかったが、低濃度(10-102pg/ml)の TNF-αは、IGF-I 存在下でBeWo の増殖能を促進した。高濃度(10-102ng/ml) のTNF-αは、 BeWo の増殖能を抑制した。

2. TNF-α/IGF-I がBeWo のアポトーシスに与える影響
IGF-I と低濃度(10-102pg/ml)のTNF-αはそれぞれ独立して、BeWo のアポトーシスを抑制し た。高濃度(10-102ng/ml)のTNF-αは、BeWo のアポトーシスを促進した。

3. TNF-α/IGF-I がBeWo の血管新生能に与える影響
低濃度(10-102pg/ml)のTNF-αは、PlGF/VEGF の分泌を促進した。一方、IGF-I は、PlGF の 分泌は抑制し、VEGF の分泌は促進した。IGF-I/ TNF-αいずれもFGF の分泌には影響を与 えなかった。

 ヒトの生理学的血中濃度(1-10pg/ml)に近い低濃度のTNF-αは、IGF-I と相乗的に、あるい は独立してBeWo の増殖能、血管新生能に影響を与えることが明らかになった。

略歴
2007.3 東京大学医学部医学科 卒業
2012.9 産婦人科専門医 取得
2013.4 杏林大学大学院医学系研究科(博士課程)入学
2015.11 周産期新生児(母体・胎児)専門医 取得
2016.4 第 68 回日本産婦人科学会学術集会 International Session Award 受賞
2017.3 杏林大学大学院医学系研究科 (博士課程)卒業
2017.4 杏林大学医学部産科婦人科学教室 助教
2018.4 杏林大学医学部産科婦人科学教室 学内講師
現在に至る。


〈6〉 閉経後骨粗鬆症の発症を予測するバイオマーカーの開発
   Development of biomarkers for predicting postmenopausal
   osteoporosis

佐藤 信吾

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科細胞生理学分野

 骨は単なるホルモンの標的臓器ではなく、他の臓器の代謝も調節しうる重要な内分泌臓器 であり、骨と骨外臓器との間で複雑なネットワークが形成されている。マイクロRNA(以下 miRNA)は標的遺伝子の発現を制御する小分子RNA であるが、近年、エクソソームを介して 細胞間を伝搬する分泌型miRNA の生理作用が注目されている。そこで本研究では、細胞間・ 臓器間のシグナル伝達因子としての分泌型miRNA に着目し、分泌型miRNA による閉経後骨 粗鬆症およびがんの骨転移の制御機構について検討した。
 まず、野生型マウスの卵巣を摘出することで閉経後骨粗鬆症のモデルマウスを作成し、こ のマウスの血液中を循環している分泌型miRNA を抽出した。続いて、次世代シークエンサー (NGS)を用いて血清中のmiRNA の網羅的発現解析を行い、エストロゲン欠乏により経時的に 発現が上昇するmiR-X を同定した。さらに、miR-X が骨代謝に与える影響を検討したところ、 miR-X は骨芽細胞の分化を抑制する一方で、破骨細胞の分化を促進する作用があることが明 らかとなり、血清中のmiR-X が閉経後骨粗鬆症の病態に関与するとともに骨粗鬆症の新規バ イオマーカーとなる可能性が示唆された。
 また、がん細胞が分泌するmiRNA にも着目し、その発現プロファイル解析や骨代謝への影 響などを検討した結果、前立腺がん細胞からの分泌が亢進しているhsa-miR-940 が有意な骨形 成促進作用を有することを見出した。さらに、通常は溶骨型骨転移を形成する乳がん細胞株 にmiR-940 を過剰発現させて免疫不全マウスに移植したところ、造骨型の骨病変が誘導され、 がん細胞が分泌するmiRNA が骨転移病変を制御する可能性が示された。
 我が国では高齢化社会の到来とともに骨粗鬆症患者や骨転移患者は増え続けている。本研 究の成果は、骨粗鬆症や骨転移の分子機序の更なる解明や新しい診断・治療法の開発につな がることが期待される。

参考文献
1. Hashimoto K, Ochi H, Sunamura S, Kosaka N, Mabuchi Y, Fukuda T, Yao K, Kanda H, Ae K, Okawa A, Akazawa C, Ochiya T, Futakuchi M, Takeda S, Sato S. Cancer-secreted hsa-miR-940 induces an osteoblastic phenotype in the bone metastatic microenvironment via targeting ARHGAP1 and FAM134A. Proc Natl Acad Sci U S A, 115(9): 2204-2209, 2018
2. Inose H, Ochi H, Kimura A, Fujita K, Xu R, Sato S, Iwasaki M, Sunamura S, Takeuchi Y, Fukumoto S, Saito K, Nakamura T, Siomi H, Ito H, Arai Y, Shinomiya K, Takeda S. A microRNA regulatory mechanism of osteoblast differentiation. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106(49): 20794-20799, 2009
略歴
2000.3 東京医科歯科大学医学部医学科 卒業
2002.4 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 博士課程入学
2004.4 東京医科歯科大学21 世紀COE「歯と骨の分子破壊と再構築のフロンティア」 拠点形成研究員
2007.3 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 博士課程卒業
2009.5 京都大学物質-細胞統合システム 拠点研究員
2009.11 京都大学再生医科学研究所組織再生応用分野 研究員
2010.9 The Hospital for Sick Children, Developmental and Stem Cell Biology Research Fellow
2014.4 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科細胞生理学分野 助教
2016.1 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科細胞生理学分野 講師
現在に至る。


〈7〉 クロマチン高次構造解析による子宮内膜症感受性遺伝子座の
   転写制御メカニズム解明
   Chromatin structure analysis to elucidate regulatory
   mechanisms of risk loci for endometriosis

中岡 博史

国立遺伝学研究所総合遺伝研究系人類遺伝研究部門

ゲノムワイド関連解析(GWAS)によってcommon disease の感受性遺伝子座同定が急速に進 展し、現在までに7,000 を超える関連が報告されている。これらは疾患発症機序という複雑 な生命現象の解明に向けた基盤知識になりうるが、DNA 多型と疾患リスクの関連を統計的に 示しているに過ぎず、疾患発症機序解明や治療法開発に向けて重要となる機能解析は進んで いない。
 GWAS で同定されたSNPs の約90%は、タンパク質をコードする遺伝子上ではなく、遺伝 子間領域あるいはイントロンに位置することが知られており、SNPs サイトにおけるDNA 配 列の違いが、近傍遺伝子の転写制御機構に影響を及ぼし、遺伝子発現量を変化させることで、 疾患発症リスクに繋がると考えられる。また、ENCODE プロジェクトによるヒトゲノムに存 在する機能的エレメントの網羅的探索により、GWAS で同定されたSNPs の大部分がDNase I hypersensitive sites(DHSs)に位置することが明らかにされた。SNP が存在するDNS は、クロ マチン・ループ構造を形成して、離れた位置にある遺伝子を制御することが示唆される。こ のことは、GWAS で同定された疾患関連SNP による転写制御メカニズム解明には、DHS とし て検出されるオープンクロマチン領域を中心とした、クロマチン3 次元構造が重要であるこ とを示唆している。
 子宮内膜症は生殖年齢にある女性の約10%に認められる疾患であるが、発症原因は未だ不 明である。我々を含め、複数の研究グループによるGWAS が実施され、9p21 領域、WNT4 領域、IL1A 領域など複数領域が同定されている。
 我々は次世代シーケンサーを用い、SNP アレルに応じて変化するクロマチン3 次元構造を 検出する手法を開発し、9p21 領域の子宮内膜症感受性SNP によって、転写因子結合からクロ マチン相互作用を介して遺伝子発現に至る一連の転写制御プロセスに、アレル間不均衡が生 じていることを実証した。さらに、子宮内膜症GWAS で同定された他の感受性領域における 発現調節機構を明らかにすることで、発症機序全貌解明に向けて取り組んでいる。

参考文献
1. Ituro Inoue, Hirofumi Nakaoka. Disease-Related Genes from Population Genetic Aspect and Their Functional Significance. Evolution of the Human Genome I: The Genome and Genes. Chapter 14: 273-283, Springer, 2017
略歴 
2003.3 京都大学農学部生物生産科学科 卒業
2005.3 京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻 修士課程修了
2008.3 京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻 博士課程修了 博士(農学)
2008.4 京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻動物遺伝育種学研究室 研究員
2008.5 東海大学医学部基礎医学系分子生命科学 特定研究員
2010.12 国立遺伝学研究所総合遺伝研究系人類遺伝研究部門 特任研究員
2015.4 国立遺伝学研究所総合遺伝研究系人類遺伝研究部門 助教


〈8〉 子宮内膜症の病変を非侵襲的に高感度かつ高精度で
   検出することが可能な、新規PET 診断用放射性薬剤の開発研究

    Development of a novel PET imaging agent for detection of
   endometriosis with high sensitivity and high specificity

花岡 宏史

群馬大学大学院医学系研究科バイオイメージング情報解析学講座

 本研究では子宮内膜症の高感度かつ高精度なPET 診断を可能とする、新規放射性薬剤の開 発研究を行った。候補となるイメージング薬剤としては、エストロゲン受容体イメージング 剤であるエストラジオール誘導体(18F-FES)および血管新生因子VEGF 結合抗体であるベバシ ズマブの標識体、また子宮内膜症細胞への高い親和性を有するペプチド「Z13」の標識体の3 つを選択した。各放射性薬剤を合成し、マウスより子宮を摘出、腹部または足の付け根に移 植することで作製した子宮内膜症モデルを用いて評価を行った。子宮内膜症病変においてエ ストロゲンレセプターが高発現していることから、18F-FES は有望視されていたが、動物用 PET 装置を用いた検討においては、腹部の生理的集積が非常に高く、子宮内膜症を明瞭に描 出することができなかった。一方、作製した子宮内膜症病変の免疫組織染色を行ったところ、 VEGF の発現を確認することができた。続いて行った111In 標識ベバシズマブによる体内分布 実験においては、投与24 時間後には筋肉よりも有意に高い子宮内膜症病変への集積が認めら れた(子宮内膜症:4.49±0.48 %dose/g、筋肉:1.32±0.49 %dose/g、p<0.01)。また64Cu 標識ベ バシズマブを用いてPET イメージングを行ったところ、投与24 時間後において、子宮内膜 症病変を明瞭に描出することができた。このことから標識ベバシズマブは子宮内膜症の診断 薬剤として有望である。また、111In 標識Z13 に関しては、予備的な検討の結果、子宮内膜症 病変に対してある程度の集積が認められ、今後さらなる検討を行う予定である。以上の結果 は、子宮内膜症のPET 診断が可能であることを示すものである。

略歴
2001.4 京都大学大学院薬学研究科 修士課程入学
2003.4 京都大学大学院薬学研究科 博士課程入学(2005 年7 月中途退学)
2005.8 群馬大学大学院医学系研究科バイオイメージング情報解析学講座 助手
2007.4 群馬大学大学院医学系研究科バイオイメージング情報解析学講座 助教
2011.3 千葉大学大学院薬学研究院分子画像薬品学研究室 助教
2014.8 群馬大学大学院医学系研究科バイオイメージング情報解析学講座 特任准教授
現在に至る。



〈9〉 変形性関節症の病態発現における脂質メディエーターの役割
   Control of osteoarthritis development by lipid mediator

檜井 栄一

金沢大学医薬保健研究域薬学系薬理学

 我が国において、X 線診断による潜在的な変形性関節症(OA)患者は約3,000 万人と推定さ れている。特に高齢女性に多く、70 歳代の女性の約70%が発症しているとも言われている。 OA は高齢女性の健康寿命短縮の大きな要因であるにも関わらず、同疾患に対する根本的な治 療薬の開発は進んでいない。脂質メディエーターは生理活性をもつ脂質の総称であり、近年 慢性炎症あるいは“がん”など様々な疾患発症との関連性が報告されている。プロスタグラ ンジンE2(PGE2)は脂質メディエーターの一つであり、OA 病態時の滑液中で増加しているこ とが明らかになっている。しかしながらこれまでのところOA 発症進展との関連性は詳細に 解明されていない。そこで本研究では、OA モデルマウスを用いたin vivo 解析と細胞を用い たin vitro 解析を組み合わせることにより、PGE2 とOA 発症進展との関連性の解明を試みた。 8 週齢雄性マウスの内側半月板と内側側副靭帯を切離することによりOA モデルマウスを作 製し、関節組織におけるPGE2 シグナル関連因子の遺伝子発現をqPCR 法により探索した。 その結果、PGE2 の輸送体の一つであるSlcO2a1 の発現が軟骨組織において著明に増加してい ることが明らかになった。そこで、軟骨細胞機能や分化へのSlcO2a1 の機能的役割を探索す る目的で、軟骨細胞において同遺伝子をノックダウンしたところ、Col2a1 などの軟骨分化マ ーカー遺伝子の発現が著明に低下した。さらに、炎症性サイトカインを軟骨細胞に暴露した ところSlcO2a1 の発現上昇が認められた。以上の結果から、OA の関節軟骨組織において発現 上昇するPGE2 輸送体は、軟骨細胞の分化・成熟化を調節することによりOA の発症・進展 に関与している可能性が示唆された。

略歴
1998.3 摂南大学薬学部 卒業
2000.3 摂南大学大学院薬学研究科 修士課程修了
2003.3 金沢大学大学院自然科学研究科 博士課程修了 博士(薬学)取得
2003.4 金沢大学薬学部 助手
2006.4 ベイラー医科大学 ポストドクトラルフェロー(日本学術振興会海外特別研究員)
2006.7 コロンビア大学 ポストドクトラルフェロー(日本学術振興会海外特別研究員)
2009.4 金沢大学医薬保健研究域薬学系 准教授
現在に至る。
 


〈10〉 閉経後骨粗鬆症の画期的な治療・予防につながる
   エピゲノム創薬の研究
    Therapeutic epigenetic components in
   post-menopausal osteoporosis

西川 恵三

大阪大学免疫学フロンティア研究センター免疫細胞生物学

 近年、我々は、DNA メチル化酵素Dnmt3a が破骨細胞の分化制御にかかわることを見出し た。さらに、Dnmt3a の働きを阻害する新規化合物を単離することで、Dnmt3a が骨粗鬆症治 療の有効な創薬標的となることを実証した。本研究では、新しいエピジェネティック修飾で あるDNA ヒドロキシメチル化修飾の破骨細胞における役割について解析した。まず最初に、 破骨細胞特異的にDNA ヒドロキシメチル化酵素の遺伝子を欠損したマウス(cKO マウス)を 作出し、骨表現型をmicrofocus X-ray computed tomography(μCT)解析並びに非脱灰硬組織標 本による骨形態計測によって解析を行った。cKO マウスは、メンデル則に従って出生し、生 理的条件下では体重や体長などにおいて野生型マウスと比較して有意な差を示さなかった。 10 週齢の野生型ならびにcKO 雄マウスの大腿骨のμCT 解析を行った。その結果、海綿骨量、 骨梁幅、骨梁数並びに骨梁間隔などの骨構造に関するパラメータに関して、野生型ならびに cKO マウスの間に有意な差が観察されなかった。次に、同検体の脛骨の非脱灰薄切標本を用 いて骨形態計測を実施した。その結果、骨吸収に関するパラメータ(骨吸収面および破骨細胞 数)に関して、野生型ならびにcKO マウスの間に有意な差が観察されなかった。以上、破骨 細胞特異的にDNA ヒドロキシメチル化酵素を欠損したマウスでは、骨表現型が観察されなか ったことから、一見、DNA ヒドロキシメチル化酵素は破骨細胞において重要でないことが示 唆される。しかしながら、哺乳類では、DNA ヒドロキシメチル化酵素には3 つのパラログが 存在することが知られている。そこで、機能代償性の是非を検証するために、複数のDNA ヒ ドロキシメチル化酵素を欠損させたノックアウトマウスの作出に現在取組んでいる。

参考文献
1. 西川恵三. マクロファージの代謝理プログラミングと制御. 医学のあゆみ 259(9):389-396, 医歯薬出版, 2016
2. Kikuta J, Nishikawa K and Ishii M. Macrophage dynamics during bone resorption and chronic inflammation. Chronic Inflammation: Mechanisms and Regulation (Masayuki Miyasaka and Kiyoshi Takatsu edition): 133-145, Springer, 2016
3. 西川恵三. フードケミカルエピジェネティクスによる骨粗鬆症予防~紅茶成分テアフラ ビンがDNA メチル化制御を抑制する~. 実験医学 35: 114-6, 羊土社, 2016
略歴
1998.3 東京工業大学理学部化学科 卒業
2001.3 筑波大学大学院医科学研究科医科学修士課程 修了
2005.3 筑波大学大学院人間総合科学研究科分子情報・生体統御医学専攻 修了
2005.4 東京医科歯科大学医歯学総合研究科高柳広研究室 特任助教
2010.4 独立行政法人医薬基盤研究所 研究員
2011.7 大阪大学免疫学フロンティア研究センター石井優研究室 特任助教
2015.4 大阪大学免疫学フロンティア研究センター免疫細胞生物学特任准教授
現在に至る。


 第20回 神澤医学賞受賞講演 要旨

子宮頸癌予防の実効性向上に向けた研究

Investigation for Improvement of Cervical Cancer Prevention

上田 豊

大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学 講師

はじめに
 一般に、子宮頸癌はハイリスク型HPV の感染により前癌病変を経て発生する。前癌病変で は経過観察やレーザー治療あるいは円錐切除が行われ、妊孕性は温存されるが、浸潤癌に至 ると子宮全摘や放射線療法にて妊孕性も失われる。最近、この子宮頸癌やその前癌病変が若 年女性を中心に急増している。前癌病変の段階で発見・治療することによって頸癌を予防す るのが子宮頸がん検診(細胞診)であり、HPV 感染を予防することで前癌病変・頸癌の発生 自体を予防するのがHPV ワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)である。本邦においては子宮 頸がん検診の受診率は低く、特に20 歳代前半では10%以下であり、HPV ワクチンによる子 宮頸癌の予防への期待が高かった。

研究成果

(1)HPV ワクチンに関する社会医学的研究

1.HPV ワクチンの接種状況の把握
 HPV ワクチンについては2010 年度に公費助成が開始され、学校接種ではなかったにも関 わらず、接種率は全国的に70%程度という驚異的な高さであった。そして2013 年4 月からは 定期接種化されたが、いわゆる副反応報道が過熱し、同年6 月には厚労省から積極的勧奨の 一時中止の声明が発出された。大阪府堺市のデータを解析したところ、接種率は激減し、同 年度の小学校6 年生、中学1 年生の新規の初回接種率はそれぞれ1.1%、3.9% 3)、翌2014 年度 にはいずれも1%未満となっていることが判明した。

2. HPV ワクチンの本邦での有効性調査
 本邦におけるHPV ワクチンの有効性調査として、いわゆる副反応問題が生じる前から、厚 労省研究班(現:AMED 榎本班)のOCEAN STUDY を行っている。12 歳~18 歳のHPV ワク チン接種者を接種時に登録し、20 歳・25 歳時に子宮頸がん検診に加えてHPV 検査(陽性の 場合は型判定まで実施)を行い、ワクチン非接種の同年齢の検診受診者と比較する。2016 年 度末に中間解析を行ったところ、20 歳において、非接種群に比し接種群では、ハイリスク型 HPV の感染率が有意に低率であり(19.7% versus 12.9%:p=0.041)、ワクチンがカバーする HPV-16 型・18 型感染は1 例も認めなかった。HPV ワクチンによるハイリスク型HPV 感染の 予防効果がすでに証明されたことになる。今後引き続き調査を行い、25 歳時までのHPV ワ クチンの効果を検証する予定である。 
 また、昨年度からは、厚労省研究班(上田班)において、生まれ年度ごとのHPV ワクチン 接種率と20 歳の子宮頸がん検診結果の経年変化の解析を行っている。2010~2013 年度の20 歳の検診は対象者が1990~1993 年度生まれでまだワクチンが導入されていなかった世代(接 種率:0%)であり、細胞診異常(ASC-US 以上)は3.96% (330/8333)であった。一方、2014 ~2015 年度の20 歳の検診は対象者が1994~1995 年度生まれでワクチン接種が広まっていた 世代(接種率:63.9-74.7%)であり、細胞診異常(ASC-US 以上)は3.01% (99/3291)と、有 意に低下していた(p=0.014)。すなわち、HPV ワクチンによる細胞診異常(前癌病変)の予防 効果がすでに証明されたことになる20)。今後引き続き解析を行い、組織診異常(前癌病変) の予防効果を検証する予定である。

3.HPV ワクチンの積極的勧奨一時中止継続の影響
 このままワクチンが普及しなければどうなるのか。ワクチン接種率は生まれ年度によって 大きく異なる状況である。そこで、各生まれ年度の接種率をもとに、各生まれ年度の20 歳に おけるHPV-16 型・18 型の感染率を、ワクチンが導入されていなかった年代(1993 年度生ま れ)と比較して算出した。1994~1999 年度生まれは約70%の接種率であり、HPV-16 型・18 型感染の相対リスクは0.3 に向かって減少していく。しかし、2000 年度以降生まれは接種率 が0%近くまで低下しているため、その相対感染リスクはワクチン導入前世代と同程度まで戻 ってしまう。2000 年度生まれはすでにワクチンの対象年齢(12 歳~16 歳)を越えてしまっ ており、そのリスクは確定したということができる。今後、勧奨再開が1 年遅れるごとに感 染リスクがワクチン導入前世代と同程度まで戻ってしまう生まれ年度が1 年度ずつ出現して いくことになる8)。頸癌罹患リスクも同様である13), 14), 21)。有効性の観点からは、一刻も早い 勧奨再開が望まれる。これら知見については、産経新聞の一面に取り上げられ、その他、主 要全国紙や地方紙にも数多く掲載された。またYahoo 検索サイトでもトップページに掲載さ れた。

4.HPV ワクチンの普及に向けた取り組み~行動経済学を利用した接種勧奨~
 すでに積極的勧奨一時中止が発表されてから約5 年が経過している。ワクチンの対象年齢 の娘をもつ母親に対してこれまでに3 回(勧奨一時中止9 か月後・23 か月後・32 か月後)、 インターネットによる意識調査を行った。その中で娘へのワクチンの接種意向を尋ねたとこ ろ、17.5%・12.1%・6.7%と回を追うごとに有意な低下を示した。厚労省が勧奨を再開した場 合の接種意向も、2 回目調査までは22.5%・21.0%と有意な変化は見られなかったが、3 回目 では12.2%と有意に低下し(p<0.01)、もはや厚労省が勧奨再開しても接種が戻らないところ まで行きついてしまっていることがうかがえた6), 9)(他、投稿中)。
 そこで、接種対象者の母親による娘のワクチン接種に対する意思決定に関わる認識に関し て行動経済学的観点から分析した。母親は重篤な副反応(疑い)の確率 0.007%(1 回接種当 たり)を依然として重大視していたが、行動経済学の確率加重関数の理論によると、この微 小な確率は、ゼロでないことによりかえって怖さを醸し出してしまっていると考えられた。 自動車事故より飛行機事故を皆が恐れるのと同じである。一方、ワクチンによる頸癌の予防 効果の期待値60~70%は、100%ではないことからかえって不満足感を醸し出してしまい、低 く感じられてしまっていると考えられた。また母親が接種の意思決定を行う際に利用される 情報のほとんどが重篤な副反応(疑い)のメディア報道であり、この偏った判断情報は行動 経済学の利用可能性バイアスで説明されると考えられた17)
 このような状況の中で、今後のワクチンの普及を図るには、安心感の醸出や、接種しない ことで確定する損失(将来の頸癌発生のリスク)の認識や接種の利得感の認識を促すことが 必要であると考えられた。

(2)子宮頸がん検診に関する社会医学的研究

1.子宮頸がん検診無料クーポンの効果検証
 2009 年度から子宮頸がん検診受診率向上を目指して無料クーポン事業が開始されたが、そ の効果を大阪府豊中市のデータで検証した。子宮頸がん検診無料クーポンは対象年齢の20 歳・25 歳・30 歳・35 歳・40 歳の受診率を3.0~7.1 倍に有意に上昇させた。20 歳代において は対象年齢でない21 歳~24 歳および26 歳~29 歳においても受診率がそれぞれ2.2 倍および 1.9 倍に有意に上昇したが、これは20 歳・25 歳での無料クーポン受診者の継続受診によって もたらされたのではなく、子宮頸がん検診の認識が広まったことによる初めての検診受診者 の増加による可能性が示された。一方、無料クーポンはその後の継続受診には結びついてい なかったが、この継続受診率は初回の検診受診施設によって有意に異なることが明らかにな った2)。なお、この論文は日本疫学会Journal of Epidemiology の2015 年度のPaper of the Year に選ばれた。

2.子宮頸がん検診受診率向上のための取り組み~母親を介する20 歳子宮頸がん検診受診勧奨~
 前述のごとく、無料クーポン事業により若年女性の子宮頸がん検診受診率は上昇したが、 それでも20 歳の受診率は10%程度である。そこで、20 歳女性の初めての子宮頸がん検診受 診率を上昇させるために、母親を介した受診勧奨手法を開発した10)。すなわち、20 歳の子宮 頸がん検診対象の女性の母親に対して、子宮頸がん検診の重要性を説明したリーフレットに 加えて、娘への子宮頸がん検診受診の勧奨を依頼する手紙を送付するというものである。こ れについて、大阪府豊中市・八尾市・枚方市において有意な受診率上昇効果を証明した12), 19)。 このユニークかつ効果的な手法は地方紙の記事としても紹介された。

最後に:今後の展開
 先進国で子宮頸癌が増加しているのは本邦のみである。頸癌はワクチンと検診でそのほと んどが予防可能な疾患であり、その頸癌で妊孕性が失われ、命を落とす患者をみるのはあま りに残念である。今後も、頸癌予防の実効性を高めるべく、ワクチンの普及と検診受診率の 向上に取り組んでいきたい。

参考文献
1. Nakagawa S, Yoshino K, Ueda Y, Kimura T Methods for cervical cancer screening: the differences between developing and developed countries. Cervical cancer: Screening methods, Risk factors and Treatment options. Chapter2: 33-40, Nova Science Publishers Inc, 2013
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20. Ueda Y, Yagi A, Nakayama T, Hirai K, Ikeda S, Sekine M, Miyagi E, Enomoto T Dynamic changes in Japan's prevalence of abnormal findings in cervical cytology depending on birth year. Sci Rep, 8(1): 5612, 2018
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略歴
1996年3月 大阪大学医学部 卒業
1996年3月 大阪大学医学部附属病院産科婦人科 医員(初期研修医)
1997年6月 泉大津市立病院産婦人科 常勤嘱託医(研修医)
1999年6月 大阪大学医学部産婦人科 研究生(後期研修医)
2001年7月 大阪大学医学部附属病院産婦人科 医員
2002年7月 大阪大学医学部産婦人科 助手
2005年9月 National Cancer Institute(NIH) Postdoctoral fellow
2007年1月 National Cancer Institute(NIH) 日本学術振興会海外特別研究員
2007年9月 大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学 助教
2010年10月 大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学 学部内講師
2018年4月 大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学 講師

受賞歴  
2010年 第48 回日本がん治療学会(平成22 年) 優秀演題賞
2011年 第49 回日本がん治療学会(平成23 年) 優秀演題賞
2011年 第32 回日本エンドメトリオーシス学会(平成23 年) 演題賞(臨床部門)
2015年 Paper of the Year 2015: Journal of Epidemiology(日本疫学会) 『Evaluation of a Free-Coupon Program for Cervical Cancer Screening Among the Young: A Nationally Funded Program Conducted by a Local Government in Japan 』
2017年 第7回性の健康医学財団 財団賞
2018年 平成29 年度(第20 回)公益財団法人神澤医学研究振興財団 神澤医学賞